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2008年08月02日 | コメント(0) | トラックバック(0) | Twitterでつぶやく
社内では以前から言い続けていることだが、Webの業界は淘汰の流れが既に始まっている。 日本に於いて、この業界は東京とそれ以外の地域の温度差が激しいが、弊社は両方に拠点を持つので、特にその差をリアルに感じる。 案件の数も、クライアントの規模も、予算感も、スピード感も、すべてが違うので、当然といえば当然なのだが、身近な例で言うと、「御社の価格は?」と尋ねられるケースと、「御社の得意な領域は?」と尋ねられるケースの違い。当然、地方は前者である。 そのような温度差は以前からあるのだが、ここに来て「Web業者」が完全な飽和状態になり、右を見ても左を見ても、同じようなスキルを持っている企業で溢れている。Web制作業者だけでも、全国に一万社存在するし、オフショアが珍しくなくなってきている今、開発業者は世界規模での価格競争に巻き込まれている。 現に、弊社は国内とベトナムに開発のパートナー会社がいるが、普段からコミュニケーションを密にしていると、仕事のやりとりをするのに、国境のハードルはまったく感じない。 その点、製造業が辿ってきた道筋と酷似している。 そうなると、自社の明確な優位性を打ち出せないところは、淘汰の波に飲み込まれていくのは自明である。 「ご要望に合わせて、ホームページを作ります」なんて、社会にとって何の存在意義もない。「ああ、できますよ。RFPをください。人月100万です。」と言うだけでは、自ら価格競争の大波の中に飛び込んでいくようなものだ。そのようなところは、SOHOや、以前勤めていた会社でWebの仕事をしていたという在宅パートの主婦あたりと、競争しなければならなくなる。自社の強みと優位性を打ち出せていない証拠だ。 だから私は、自社のWebサイトにも、過去の制作実績なんて載せる必要はないと言っている。次々にやってくるお客様の案件に追われて、担当者がその対応を一向にしてくれないのだが(笑)。 「こんなの作りましたよ」というショーケースなど、今の時代は何の意味もない。Webにおいて、最初に何を作ったかというのは、重要性で言うと恐らく10%以下だ。あとの90%以上は、その後のマーケティング、検証、改善のプロセスであり、それがどのような成果に結びついたかという結果であり、さらに、自社の目的や予算規模に合わせて、それが出来る体制を持っているかどうかだ。 そして、そこ(体制の構築)はトップマネジメントしか解決できない。だから、私はWebの正否はトップマネジメントが握っていると主張している。 実績として載せるべきは、その運営プロセスにおいて自社にどのようなスキルがあり、その結果どうなったかということだ。 これから市場がどうなるのか、自分の頭で考えて仮説を立て、それに基づいたサービスを提供する。そのために事業領域を絞る。それが、すべてのWeb業者に求められていると、私は思っている。 そういうことを打ち出せない業者は、地域にかかわらず、大きな淘汰の波に晒されていくだろう。自社がそうならないためにも、ここでしっかりとした軸を打ち出し、選択と集中を実践していかなければならない。 弊社にとって、そのひとつが8月6日にリリースされるクロスメディア・プラットフォーム「exAD(エックスアド)」である。このサービスを通じて、弊社がこれまでお客様に提案してきた「面で捉えるプロモーション」を、幅広く提供していければと思っている。 現時点で数百社を超える媒体に参加していただいており、海外のメディアもいくつか参加を表明していただいているが、最終的にすべてのメディアに参加していただき、媒体社と広告主、代理店という、メディアに関わるすべての企業に、大きなメリットを提供していきたいと、強く思っています。 クロスメディア・プラットフォーム「exAD(エックスアド)」
2008年04月27日 | コメント(0) | トラックバック(0) | Twitterでつぶやく
インドに取り憑かれてしまうことを、俗にIndian Feverというそうだが、なんとなくそれはわかるような気がする。 街全体が持つ、まるで地面から湧き上がってくるかのようなエネルギーに、初日から圧倒されそうになったが、何かクセになるというか、既にまた行きたい衝動に駆られている。 このエネルギーは、どこから来ているのだろうか。 このような交通事情だからだろうか。 (↑撮影は私ではありませんが、途中の「エグ!」という声は私です。) あるいは、真夏の暑さだろうか。 それらも確かにあるのかもしれないが、いろんな人とお会いするなかで共通して感じるのは、将来に対する「希望」「展望」。ここに尽きる。 ITの技術力に限定して言うと、うかうかしていると負けちゃうよ、という段階では、既にない。超花形産業であるITには、工科大の優秀な学生達が、こぞって集まってくる。技術レベルの高さは、すでに過去のオフショア案件で実感しているが、それを現場で目の当たりにして、身の引き締まる思いがする。 対日ビジネスを拡大するために、日本語教育も盛んだ。英語ができる技術者も、日本に比べて格段に多い。自国の市場だけではメシを食えない以上、グローバルな視野で競争力を付けるのは、不可欠だ。 その上、人件費は上がってきているとはいえ、日本に比べて格段に安い。昔の日本人的な義理堅さ、誠実さもある。どう考えても、日本に国際的な競争力はない。 弊社は、そういった信頼できるパートナー企業と手を組んで、メリットを享受する側にいるが、日本の開発会社からすれば、それこそ「うかうかしていると・・・」というレベルの話ではないのだ。受託開発において日本に必要なのは、クライアントに最適なシステムを提案できる人材と、設計ができる人材、コミュニケーションのブリッジ役ができる人材である。それ以外は、勝てない。 弊社は、受託事業においては元々そこを志向していたのだが、ベトナムでパートナーを訪問して、関係性を強めていく中で、よりそのスタンスを明確にしていける実感を持てた。 また、現在準備を進めている、弊社独自のクロスメディア・プロモーションサービスにおいても、日本企業をクライアントにした、よりグローバルな展開がイメージできた。 あとは、社内の体制をより強固なものにしていくのみ。それができれば、お客様により高い価値を提供していくことができる。 乗り越えるべき課題は、常に足下にある。右足で一歩一歩歩きつつ、左足で飛ぶ。それが今の我が社には重要だ。
2008年04月26日 | コメント(0) | トラックバック(0) | Twitterでつぶやく
ベトナム3日目は、急遽浅井さんがコーディネートしてくれた会社に訪問。オフショアとは少し毛色の違う会社で、スタッフも半分くらいは日本人。日系企業の中にあることもあって、異国の雰囲気がしなかった。
訪問後、時間ができたので、ホーチミン最大の市場であるベンタイン市場へ。
入った瞬間に、強烈な異臭が鼻をつく。見ると、食材や衣服、雑貨の店などが入り乱れていて、それらが混ざり合った臭気だ。花屋さんの隣が、平気で精肉所だったりする。
中を歩いていると、両側から「お兄さん、お兄さん」と、わけのわからない品物を示しながら価格を提示する。その価格は、当然通常の4~5倍はふっかけているだろうけれど、私はあまり価格交渉する気にはなれない。というよりも、価格交渉してまで欲しいものが見あたらない。
日本にいると(除く大阪)、価格交渉の文化はほとんどない。提示されている金額は妥当か、妥当じゃないか。その判断は瞬時に行うが、金額が見合わないと思えば、即座に買うのを諦める(除く大阪)。「これいくら?」「いくらにしてよ」「だめだめ、いくらなら買うよ」などと、電卓を叩きながらしつこくやり取りするシーンには、なかなかお目にかかれない(除く大阪)。
と、ふとS氏を探すと、「これいくら?」「5ダラー」「ノー、3ダラー」などと、交渉の真っ最中。パンツのゴムで元気がなくなる繊細さを持っている割には、こういうところで生き生きしている。「日本では3がラッキーナンバーなので、3ダラー」などと、わけのわからないロジックで交渉に挑む顔は、これまでのお付き合いの中で一番輝いている。
もともと思いっきり吹っかけているだろうから、5ドルを3ドルにするくらいは、さほど時間を要しない。そこで、何やらお土産を買ったS氏は、続いて別の店でも扇子の価格を交渉していた。
よく考えると、価格を交渉するのは、モノの価値を自分で決めるということではないか。店に提示された金額ではなく、自分で「この金額なら妥当」「これ以上なら買わない」と線を引き、交渉する。海外に出ると普通に遭遇するシーンだが、今の日本で失いかけている、非常に重要な感覚なのかもしれない(除く大阪)。
市場から外に出ると、すかさず小学生くらいの女の子が扇子を広げて寄ってくる。蚊の鳴くような声でよく聞こえなかったが、確か「1,000円」と言っていたような気がする。S氏が「だいたい、向こうの方に親がいて、子供にやらせているんですよ」と言っていたが、本当にそうだった。
市場の中でも外でも、小学生くらいの子供がよく働いている。その隣では、親は結構のんびりとしゃがんで煙草をふかしていたりする。そして、その向かいには、ルイヴィトンなどの高級ショップが立ち並び、外資系で働く人が集まるコーヒーショップでは、一杯3ドルとか4ドルとか、現地では考えられないような高値でコーヒーが売られている。
アメリカでは、貧困層と富裕層が住む場所は結構わかりやすく分かれているが、ここでは全くわからない。マーブル状に混じりあっていて、何が過去で何が未来なのか、基準は何なのか、わからなくなってくる。
夕飯は、フォーを食べていないことに気付いて、ホテル近くのフォーやさんへ。ここはPHO24というチェーン店のような店で、ベトナムのフォー屋さんというイメージはなく、店内は非常にきれい。味もうまかったが、本当の「庶民のフォー」ではないのだろう。
帰国のフライトは午前0時過ぎ。まだ時間はたっぷりあったけれど、一日ネットに繋いでなかったのと、とにかく汗だくで気持ち悪く、疲れも溜まっていたので、早めに空港へ。夜遅くの空港は、人が少ない。
WiFi完備のコーヒーショップで、ネット接続。それまで使えていた携帯のメールが、ここではなぜか使えない。場所によって使えないところがある。
ほんの3日間だけのベトナムなので、「まだ居たい」という気持ちが強いけれど、その空腹感がいいのかもしれない。
2008年04月25日 | コメント(0) | トラックバック(0) | Twitterでつぶやく
2日目の昨日は、朝からホテルで朝食バイキング。朝からこってり目の料理をいただく私を尻目に、今回の出張のパートナーであり、何から何までコーディネートしてくれたうえ、その最中に「自分に合った職業はツアーコーディネーターだ」と気付いてしまい、起業した後の取り返しのつかない現実に愕然としたS氏(説明長いわ)は、真夏の暑さも手伝って食欲減退モード。
その後、食欲減退の原因が、100均で買ったパンツのゴムが強すぎたせいだと判明。実にデリケートな人である。
朝食後、サイゴントレードセンターに入っている某社を訪問。ここは、ホーチミンで一番高い33階建てのビルで、訪問後、最上階のやたらと値段の高い(ベトナム標準で)カフェで、やたらと濃いコーヒーを飲みながら、写真を撮った。ちなみに、ベトナムはブラジルに次ぎコーヒーの輸出が世界2位だという事を、初めて知った。
その後、後の2社を紹介してくれる、ベトナム人のアンさんと合流し、昼食。一時間ほど時間ができたので、おみやげを買おうとベトナム国営デパートへ。店員は、相変わらず愛想がないが、面白そうな食材がたくさんあって、ちょっと買いすぎた。いや、明らかに買いすぎた。
その後、ベルギー企業の子会社である、SDC社を訪問。おとなしい印象のある女性社長と、日本語サポートをしている社員の方と、一時間半ほどお話し。
場所を移して、昨年秋に設立したばかりのSuccessSoftware社へ。社長のタンさん(↓写真私の向かい)は、外資系の企業で勤めていただけあって、アメリカ等には行ったことがないのに、流ちょうな英語を話す。久しぶりに英語で話ができた。でも、ベトナム人の発音は、クセが強くてわかりにくい。
ホテルに戻って、おみやげを詰めようと試みるが、やはり相当工夫しなければ入りそうにない。
その後は、今回何から何までお世話になっている浅井さんと合流し、晩飯を食べに行った。夜のホーチミンは、治安はさほど悪くはないようだが、バックパッカーなどが多くて、不良外国人も多いので、携帯電話やカメラは持たない方がいいそうだ。
夜は疲れ果てて、ベッドでテレビのチャンネルを回し始めた時に、そのまま寝てしまった。
昨日も収穫が大きかった。
2008年04月23日 | コメント(0) | トラックバック(0) | Twitterでつぶやく
弊社の開発パートナーであるジーニーズさんと共に、ベトナムに来た。気候は、雨上がりのためか予想したほど熱くはないが、それでも熱気がむわっとくる。アオザイの美しいスチュワーデスは、やたらと愛想がない。
ホーチミンシティにある開発会社、
Individual Systems(IVS)社の浅井社長が空港に出迎えてくれた。
弊社は、たまに企業の担当者さんから「ベンダーさん」とか言われるときがあるが、開発会社ではない。プロデュース・プロファイリング・プロモーションの「3つのプロ」を柱に、ニッチメディアとWebを絡めたクロスメディアサービスを提供する会社である。
ただ、Webプロデュース事業のなかでは、必然的にさまざまな規模の開発案件が絡んでくる。その際は、オフショアでの開発を重要視していて、IVSさんにも過去にお願いしたことがある。ベトナム経済同様、同社も急激に発展しているようなので、今後は、もっとお付き合いを深めていきたい。
弊社からの仕事などは、「excom案件」という呼び名で呼ばれているそうだ。
しかし、デスク周りは本当に整然と整理されていて、紙の書類が一切ない。セキュリティポリシーが行き渡っている証拠だ。どうして弊社は紙の書類だらけで、どうして机の上が散らかっているのだろうか。早急に改善しないといけない。
いろいろ話をして、開発の現場も見させてもらった後、4階にある社屋の窓から外を眺めると、凄まじいバイクの数に、ビビリまくった。でも、浅井さんは笑いながら「まあ普通ですよ」ということらしい。
この程度の写真しか撮れていないのがもどかしい。
移動はタクシーだが、あまりのバイクの数と無秩序な運転ぶりに、毎回度肝を抜かされる。乗る度に、恐らく10分につき100回はクラクションを鳴らしていたのではないか。ただ、同社長に言わせれば、一見無秩序に見えるが、これは秩序に則ったものだそうだ。
その後、ベトナムスケッチという、現地の日本人向け雑誌の編集部を訪れる。同誌は、ベトナムNo.1の日本人向けフリーマガジンで、アジア中のニッチメディア発行元とつながりがあるらしい。面白い話がたくさん聞けて、お互い、いいお付き合いになりそうな予感。
バイクの数にもビビリまくるが、何が怖いって、そのバイクの群れを遮って、道路を横断するときが、一番怖い。ほとんど、ハリウッド映画で、ニューヨークかどこかの渋滞をすり抜けて、時にボンネットの上に乗っかりながら犯人を追いかける刑事のような状態(そこまで激しくないが)。でも、浅井さんに言わせると、それにも秩序があるらしい。
2社を訪れたら、すっかり暗くなっていた。でも、バイクの数はもっと増えているような気がする。
ホテルにチェックインして、三人でベトナム料理屋さんへ。やたらとうまかった。その後、地元の人に人気のありそうなサウナに行って、一風呂浴びて、テレビを見ながらいろいろ話し込んでいたら、急激に眠くなってlきた。時計を見ると、日本時間で深夜2時。5時半頃に起きているので、眠いはずである。でも、ホテルでしかネットに接続できないので、とりあえずメールをチェック。
サウナでは、いつも見ているCSIが、ベトナム語の字幕で放送されていた。そんな当たり前のことで、ふと外国に来たことを実感する。
ベトナムがインフレが激しく、不動産などのバブルもはじけそうだということですが、ホーチミンシティは、とにかくケイオティックというか、混沌とした、地面から湧き上がってくるようなエネルギーを感じる。