2009年07月31日 | コメント(0) | トラックバック(0) | Twitterでつぶやく
「これでいいのだ」と書いたばかりですが、会社がグッと変わっていこうとしている今、一人ひとりが「これでいいのか?」と自問することも、また必要なことだと思います。 今の考え方や仕事に臨む姿勢、仕事内容は、これでいいのか?本当にこれでいいのか?自分自身でそう考え尽くした結果、「これでいいのだ」と言えたら最高です。 自信を持って「これでいいのだ」と言うために、「これでいいのか」と自分で問い続けよう。人に言われるのではなく、自分で。
2009年07月28日 | コメント(0) | トラックバック(0) | Twitterでつぶやく
ビジネス系メルマガで日本一の部数という平成進化論に、面白いことが書かれていました。面白い、というよりは、私もいつも思っていることです。 毎日書く習慣が、学びを習慣化する 私も、「よく毎日書けるね」なんて、よく言われますが、その言葉は感心半分、「暇なんじゃないの?」という疑惑?半分だと思います(笑)。暇で、人並み以上の所得というのが理想なんでしょうが、残念ながら私はまだまだそういうわけにはいかず、分相応にやることが多く、分相応の所得です。 このメルマガに書かれているように、毎日書くから、ネタがどんどん増えるのです。いま見ると、私のひまネタストックは36になってます。つまり、1ヶ月以上はストックネタだけで書けるということです。 ただ、こういうのは、やってない人に言ってもまず理解されない。 どんなことでもそうですが、やらない人は、わからない人。やろうとしない人は、わかろうともしない人。山の麓からは天辺が見えないのに、麓から天辺の人を評論する。9割以上はそんな感じでしょうか。 当然ですが、別にブログやメルマガを書くこと自体が重要なのではありません(それは別の意味で重要ですが)。 そうではなく、何かひとつ、毎日必ず続ける習慣をつくることが重要なのだと思います。会社が朝早いので、早く起きないといけない、という類のものではなく、やらなくても誰にも文句を言われないことを、自分の意志で毎日続ける。それが、自己成長にとても大切なことだと、強く思います。
2009年07月25日 | コメント(0) | トラックバック(0) | Twitterでつぶやく
悲観的に計画し、楽観的に行動する。悪いときに計画し、懸命に流れを引き寄せ、大きな波がやってきたら、余計なことは考えずに、一気にそれに乗ってしまう。 そのとき、自社の理念やビジョンがしっかりあるところと、そうでないところは、方向性が大きく変わってくる。 悪いときに動揺しないために、そして、いいときに舞い上がらないように、理念を明確にし、しっかり胆に落とし込む。そして、最後一人になってもそれを守り抜く覚悟を持つ。 流れがよくなってきたら、変に計画を変えたりしない。いいときに立てる計画は、だいたい甘い。 悪いときの特徴は共通している。顔に寝あとを付けて帰社してくるような営業マンを、切ることができない。ウソの報告をする社員に処分を下すことができない。会社の方向性を理解しようとしない。指示に従わない。目標を達成しない。でも、不満は多い。そんな社員も、どうにかすることができない。 それは、明確なポリシー(理念)がないから。理念がしっかりしていれば、迷うことはない。 そして、理念やビジョンは、どんなことが書かれているかではなく、それを誰が言うのかが重要。 そんな話を聞きました。 どんなことでもそうですね。仕事も、何をやるかではなく、誰がやるか。何を言うかではなく、誰が言うか。普通一日でできるような単純な仕事でも、人によっては一年かかることも実際にある。実に、パーソン・スペシフィックなものです。
2009年07月16日 | コメント(0) | トラックバック(0) | Twitterでつぶやく
智慧と闘志が磨かれるのは、調子のいいときではなく、どん底のとき。 人間の本当の力が試されるのは、調子のいいときではなく、どん底のとき。 「反省」は、あくまで自らのどん底によるもので、親の反省は子に継承されない。しかし、親の傲慢は簡単に子に継承されてしまう。 どん底とは、いつもはできない「真の反省」を神様が促してくれているということ。 本当の強みとは、どれほどの栄光を経験したかではなく、どれほどのどん底を乗り切ったか。 成長とは、頂点からではなく、どん底から始まる。宋文洲氏のブログに、このようなことが書かれていて、深く感銘を受けました。経営者でもスポーツ選手でも、どんな人でも、どん底を乗り越えた人(経験した、ではなく、自らの意志で乗り越えた人)に魅力を感じる理由がわかった気がします。 どん底の効用 http://www.soubunshu.com/article/123120804.html
2009年06月06日 | コメント(0) | トラックバック(0) | Twitterでつぶやく
会社の命運を分ける、まさに正念場の時期に、なんかこれまでと同じ事を繰り返したり、これまでと同じ空気を醸し出していたり。 どれだけ変革の必要性を強調しても、薄ら笑いを浮かべながら陰で批判する社内評論家がいたり。 責任者が不在の時に手を抜く人がいるのは、むしろ正常なのかもしれない。責任者がいるのに手を抜いたり、個人の携帯電話で話したりメールしたりし出すと、もう末期症状だ。 そういう人に限って、自分の会社のことを「ブラック企業」なんて言って、2chに書き込んだりしているようですが、その人は、今後恐らくどんな会社に行っても、どんな世の中になったとしても、まともな仕事はできないし、まともな人生を歩めない。 ・・・このブログは、弊社のお客様もたくさん読んでいますので、誤解のないように言いますが、決して弊社のことじゃないですよ(笑)。弊社がこんなだと、取引をやめたくなるでしょう。私なら、こんな会社黙って取引をやめます。 これらは、お付き合いのある、いろんな社長に聞いた「事例」です。成長ステージの中では、多かれ少なかれ、このような悩みに遭遇するようです。 そして、いろんなケースを聞いても、最終的に、あるひとつの結論に行き着くようです。 帰りの新幹線で読んだ、日経トップリーダーに載っていた、ワコール創業者の塚本幸一氏の言葉が、それを的確に表しています。
絶対に人は人を使えない。 人は人を変化させられない。 例えばある人が別の人から感化されて、 その人がものすごく変わったとしよう。 それは、その人自体の意志で変わったんであって、 催眠術のように変えられたわけではない。私はこれまで、「人は人を育てられない」と言ってきましたが、それはまさに上記の意味です。育つ気のない木に、どれだけ水をやっても、絶対に育ちません。水のやり過ぎで、根腐れをおこしてしまうのが自然の摂理です。 育つのは本人であり、本人以外は、その必要性に気付く「きっかけ」を与えることができるだけです。その気づき自体も、本人の意志です。 自分の仕事がうまくいかないのは、大学院に行くことを勧めなかった大学の先生のせいだと、校内でその先生を何十箇所も刺して殺した人がいましたが、それはあまりに極端にしても、自分の人生を他人に転嫁してしまう人が、知らない間に大量増殖しているようですね。 その方向性で、何をどう頑張っても、どうにもならない。「自分のケツは自分で拭く」という、人間として当たり前の覚悟ができた人しか、変化していくことはできないのでしょう。