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2010年03月04日

メディアに接する姿勢は、知性を計る物差しだ

元LD(本人はいつまでもこう書かれるのを嫌がるのでしょうか)堀江氏のブログは、メディアに関する内容が豊富で興味深く読んでいます。このカテゴリーの記事は、とても鋭く本質を突いてます。 

 

このなかでも書かれているYの報道姿勢が、とても興味深いというか、完全に取り残されている事への自覚がないまま悪あがきしているようで、むしろ滑稽に見える。

 

また、広告に関しては、ネットが新聞を抜いたのではなく、新聞がネット以下に落ちたのだという、なかなか説得力のある記事がありました。

 

ネット広告と言っても、特別何が凄いというわけではない。今のネット広告の大半は、これまでの延長線上にあり、媒体が違うだけ(全部じゃないですよ)。私はそう思っているので、確かに「ネットが抜いた」と言うのは、違和感があります。広告市場全体も下がっているし。 

そうではなく、新聞がネット以下まで落ちましたという現象。そう説明すればわかりやすい。 

 

 

このところ、日本でも急激に広がりはじめたTwitterは、おそらくメディア変革の流れを象徴しているものだと、私は感じています。さほどディープにやっているわけではないけれど、使っているとそう感じます。

 

何らかのバイアスがかかった二次情報の価値など、ほとんどなきに等しい。署名もせずに、「客観報道」などという絵空事を言いながら、極めて主観的な報道を繰り返している今のマスコミは、ネットで一次情報を取捨選択できる人たちにとっては、すでに無用の長物。もっと言えば、極めて危険な存在でもある。

 

情報提供者がTwitterで直接情報を流してくれれば、新聞社どころか通信社も不要。あとは受け手の問題。そんな意見もTwitterに上がっていたけれど、本質的にはまさにそうだと思う。それを否定するのは、知的怠惰のように思える。

もっとも、それらを整理してくれる存在は必要でしょう。そういうところが、もしかしたら次のメディアの担い手なのかもしれません。

 

メディアに接する姿勢は、その人の知性を計る最もわかりやすい物差しだと、私は考えています。そしてそれは、Twitterなど新たな「現象」に対する捉え方にも反映されるのではないかと、何となく感じます。

 

そういう意味でも、またぞろ勃興しはじめている「Twitterセミナー」の類には何の興味もないし、まったく意味がないと思う。これを使ってマーケティングとか、そんなツール的な「戦術」を知ってもしょうがない。解釈があまりにチープです。

もしかしたら、そんなセミナーがやたらと多いので、無意味なフォローがたくさん増えているのではないか。見てみると「フォローしている1,500人、フォローされている0人」とか、それは単にスパムじゃないのか?

どうせ広告代理店あたりが、そんなチープな使い方をするのでしょうけれど、そんな捉え方をしている人は、今の景気も、過去の延長線上で、これまであった景気の波のひとつだと受けとめているのでしょう。おそらく。

 

さらに言えば、いつものようにクローンが出てきてますが、「なんとかなう」とか、日本だけで通じる言葉を使いながら、有名人がたくさん書いてますというブログ的な路線で行っても、Twitterを凌駕することは出来ないでしょうね。本質はそんなところにないと、私は思ってます。 

 

投稿者 tomo-m : 2010年03月04日 05:10

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