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2010年01月10日

父の言葉

今日の龍馬伝。「江戸に行きたい」という龍馬に、それまで反対していた父が、最後に「行ってこい!」と言ったシーンが、とても感動的で涙が出てきました。 
 
児玉清が父役ですが、末っ子の龍馬を心配する気持ち、何か人と違う龍馬にさまざまな経験をさせたいという気持ち、いやまだまだ子供だという気持ち、そんな複雑に入り交じった感情を、上手く表現していました。絞り出すように、且つ力強く言ったあのシーンは、まさにアタックチャンスそのものでした。 
 
 
息子に対して、この言葉はとても勇気が要る。 我が子はまだ8才と1才ですが、子供ができて、そう思います。
 
 
 
私は変に独立心が強く、親から小遣いをもらったり、お年玉をもらったりするのが嫌で、とにかく早く卒業したかった。高校生になると、そういう類は一切断って、新聞配達と休日のアルバイトで、ボクシングの月謝や自分の小遣いを賄ってました。
 
新聞配達というと、なんか貧しい家庭という印象があるようですが、親の名誉のために言うと、そんなことはまったくなくて、単に小遣いをもらうのがいやだったこと、でも平日はボクシングがあるのでバイトできないことから、新聞配達ならトレーニングとバイトを両立できると考えただけです。
 
 
学費を出してもらっているという事実も嫌で、親の金で塾かなんかに行って、親の金で勉強して、親の金で遊んでいる同世代の人間達が、バカに見えてしょうがなかった。どれだけ勉強ができても、そんな分際で何を自慢できるのか、さっぱりわかりません。それはそれで、ある程度正解だったし、今でもそう思うんだけれど、なんでそこまで自分でやることに拘ったのか、今となっては不思議に思います。
 
そんなだから、大学くらいは、とにかく自分のお金で行きたくて、それができるまでは行きたくなかった。当時はボクシングをしていたので、両立は無理でした。
 
 
18歳になると、どうしても家を出たい一心で、「自分の道に進みたい」と言ってきかない私に、父は最後にひとこと、「骨はわしが拾ったる。行ってこい。その代わり、寂しくて泣いてる母さんのことを忘れるな」と言ってくれました。
 
 
今から思うと、大きな覚悟だったのでしょう。ボクサーになるという息子に、「骨はわしが拾う」とは、なかなか言えません。大きな愛を感じます。
 
 
結局、その数年後に、私が父の骨を拾うことになるというオチがつくのですが、生き死にはあくまで神ごとであり、自然現象です。私にとって、父から言われた数々の言葉は、かけがえのない財産であり、その言葉とともに、父は生き続けています。 

投稿者 tomo-m : 2010年01月10日 21:39

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