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2008年8月29日

命を救う行為は、命がけ

サイボウズ青野社長のブログに、骨髄ドナー体験記があり、興味深く読んだ。

私は、10何年か前にドナー登録をして、何度か「適合の可能性がある患者さんがいるので」という意思確認?のような連絡をもらったことがあるが、それ以降音沙汰がない。結局、マッチしなかったのだろう。


青野さんのブログにも書かれているが、日本の骨髄バンクのドナー登録者数は、日本より人口が少ないドイツの10分の1以下、日本の約5分の1の人口しかいない台湾と同じという。


骨髄提供する際は危険性を伴い、時に死に至る場合もあるらしい(どれくらいの確率か知りませんが)。体にメスを入れるわけだから、何らかの可能性は常にあるでしょう。下手くそなドクターに当たってしまうという不運もあるかも知れない。


しかし、そんなの水に溺れている人を助けるのと、どっちが危険なんだという話だ。

命を救う行為は、命の危険を伴う。溺れている人を助ける行為は、自分も巻き込まれる可能性があるし、災害などで遭難した人の救助活動なんかもそうだ。

特に、水の中は体の自由がきかない。私は小学生の頃から水泳が得意なのだが、海で溺れている人にもの凄い力でしがみつかれて、一緒に海の中に沈んでしまったことがある。どうやっても離れてくれない。あのときは父が泳いできて助けてくれたのだが、さすがにもうダメだと思った。


(余談だが、父はその時のことが私の中でトラウマになっていると思い込んでいたらしく、私の前でその時の話をしようとした母を、激しく怒ったことがある。本人は何にも思っていないので、父の怒る理由がわからなかったが 笑)


ただ、そこそこ泳げる人なら、目の前で溺れている人がいたら、危険があることがわかっていても助けるでしょう。自分も巻き込まれるからと、何もしない人がいるでしょうか(いるかもしれませんが)。


それに比べて、骨髄移植なんて、そんな危険はほとんどないと言ってもいいくらいの確率だろう(正確に知らんくせに書いてます)。

健康な人は、できるだけ登録しましょう。適合したら、喜んで提供しましょう。切実な想いで、それを待っている人たちがいます。

テレビで白血病の人のドキュメントなんかを見て、「かわいそう」なんて泣くのに、自分は行動しない。私は、性分としてそのような傍観者にはなれない。もしかしたら、その人にマッチする骨髄は、自分が持っているかも知れない。

投稿者 tomo-m : 2008年8月29日 06:11

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